意志力を要することといえば、まっさきに思い浮かぶのは何でしょうか?
たいていの人にとっては、たとえばドーナッツやタバコやクリアランスセールなどあなたを誘惑するものは様々です。
そんな場合で問われるのは「やらない力」です。
しかし、意志力はノーと言うだけがすべてではありません。
明日こそ(いや、いつかきっと)やろうと思いながら、ずっと先延ばしにしていることはありませんか?
そういうことも、意志力の力が強ければ、ちゃんと今日の”やることリスト”に加えられます。
たとえば心配事や気の散るようなことがあったり、延々と続くテレビのリアリティ番組に目が釘付けになっても、問われるのは「やる力」です。
やる力、やらない力、望む力
「やる力」と「やらない力」は、自己コントロールのふたつの側面を表していますが、意志力にはもうひとつ、「自分が本当にしたいことを思い出す力」が必要なのです。
「だけど、私がほんとうにほしいのは、あのブラウニー(3杯目のマティーニ、1日の休暇)なのに!」
という声が聞こえてきそうです。
でも、誘惑に目がくらみそうになったり、物事を先延ばしにしたくなったりしたら、あなたがほんとうに望んでいるのは、スキニージーンズをはけるようになること、昇進すること、クレジットローン地獄から抜け出すこと、離婚を避けることだと、思い出さなければなりません。
そうでなければ、どうして誘惑を目の前にして踏みとどまれるでしょうか?
このように自制心を発揮するのは、肝心な時に自分にとって大事なモチベーションを思い出す必要があります。
これが「望む力」です。
意志力とはつまり、この「やる力」「やらない力」「望む力」の3つの力を駆使して目標を達成する(そしてトラブルを回避する)力のことです。
本能に流されずに生き抜く
想像してください。
私たちは10万年前、進化の先端を行く、最も優秀なホモサピエンスです。
まずはじっくりと、ほかの4本の指とは反対を向いた親指や、まっすぐな背骨や舌骨のすばらしさを堪能してください。
そのうえ、(火ダルマにならずに)火を使う能力や、切れ味の鋭い石器で動物の肉を切り分ける技も心得ています。
このほんの数世紀前までは、生きていくうえで重要なことはごくわずかでした。
①食べ物を見つける。②繁殖する。③人食い動物との遭遇を避ける。
しかし、いまやあなたは密接な結びつきを持つ部族の中で暮らしており、生き残っていくためには、仲間のホモサピエンスの力を借りなければなりません。
つまり「他人を激怒させないようにすること」が生き残る心得に加わったのです。
共同体で生きていくにはみんなで協力し、資源を分かち合わなければなりません。
欲しいからと言って、なんでも好き勝手に手を出すわけにはいかないのです。
もし誰かの食べ物やパートナーを盗み取ったら、集団から追い出されるか、悪くすれば殺されるかもしれません。
少なくとも、たとえ病気やけがをしても、あなたのために狩りをしたり、木の実をとってきてくれたりする人はいなくなるでしょう。
石器時代であっても、友情を勝ち取り、周囲への影響を持つためのルールは、現代とさほど変わりません。
住処に困っている仲間がいれば一緒に住まわせてやり、空腹でも食べ物を分かち合い、
「そのふんどし、なんか太って見えるね」
などと、うっかり余計なことを言わないようにする。
言い換えれば、自制心が少々必要なわけです。
危険にさらされるのは、あなたの命だけではありません。
部族が生き残るためのは、あなたが戦う相手や、結婚する相手を賢く選べるかどうかにかかっています。
もし幸運にもパートナーが見つかったら、茂みに隠れてたった一度のお楽しみにふけるだけではなく、次の世代に命をつなぐことが求められます。
そんなわけで、時代は変われども現生人類のあなたも、食欲や攻撃やセックスをはじめとする、古代から脈々と受け継がれてきた本能のせいで、思いもかけない窮地に立たされる可能性はいくらでもあるのです。
このようにして、私たちが意志力と呼んでいるものが初めて必要になりました。
歴史が進み、人間社会が複雑化するると、合わせて自制心の強化も求められるようになりました。脳は必要性に応じて進化し、私たちはついに「意志力」を手に入れました。
いかにも人間らしい衝動をコントロールするための力です。
出世も勉強も寿命も「意志力」が決める
では、現代へと戻りましょう。
意志力は誰にも生まれつき備わっているはずですが、なかにはとりわけ意志力の強い人もいます。
注意力や感情や行動をうまくコントロールできる人は、いろいろな点で優れているようです。
まず、なんといっても健康で幸せ。
パートナーとの関係も良好で長続きします。
収入も高く、出世します。
ストレスや争い事があってもうまく乗り切り、逆境にもめげません。
さらに、寿命も長いのです。
さまざまな当初と比較しても、意志力に勝るものはないほどです。
学業で成功するかどうかは、知力よりむしろ意志力次第ですし、優れたリーダーシップを発揮できるかどうかも、カリスマ性より意志力が決め手です。
それになんといっても、結婚がうまくいくかどうかは、思いやりよりも意志力にかかってきます。
ですから、生活を改善したいのなら、意志力の問題から始めるのは悪くありません。
前頭前皮質があなたをコントロールする
現代の私たちが持っている意志力は、大昔の人間たちが仲間とうまく付き合い、親やパートナーとしてやっていくために、必要に迫られて身に着けた能力です。
そのために行われた脳の進化は、前頭前皮質、ちょうど額と目の後ろに位置する脳の領域の発達にあるようです。
もともと、前頭前皮質のおもなやくわりは、体のコントロールをすることでした。
人類が進化するにつれて、前頭前皮質は大きくなり、脳のほかの領域との連携もよくなりました。
前頭前皮質が大きくなることにより、新しいコントロール機能が増えました。
注意を払うべきこと、考えること、そして感じることまでもコントロールする機能です。
これにより人間は、行動をコントロールできるようになりました。
スタンフォード大学の神経生理学者ロバート・サポルスキーは、現代の前頭前皮質の主な役割は、脳に、つまりあなたに、やるべきことをやるように仕向けることだとも言っています。
ソファでごろごろしているほうが楽なのに、前頭前皮質の働きで、あなたは、起き上がってエクササイズしたくなります。
デザートを食べたいと思っても、あなたの前頭前皮質はお茶だけで我慢すべき理由を忘れたりしません。
あのプロジェクトは明日にしようと思っても、前頭前皮質のなせるわざで、あなたはファイルを開いて仕事に取り掛かるのです。
前頭前皮質は、1つの塊ではなく、おもに3つの領域に分かれています。
上部左側は「やる力」をつかさどり、おかげで退屈な仕事や難しい勉強、あるいはストレスの多いことでも、ちゃんと着手できます。
反対の右側は「やらない力」をつかさどり、衝動や欲求を感じても、すぐに流されず、運転や授業中にメールチェックするのを我慢できます。
3つ目は中央の下のほうに位置して、あなたの目標や欲求を記録している場所です。
これによりあなたの「望むこと」が決まります。
この細胞が即座に反応すると、行動を起こしたり、誘惑をはねのけたりするモチベーションが上がります。
前頭前皮質のこの領域は、あなたがあほんとうに望むことを忘れません。
たとえ脳の残りの領域が「食べちゃえ!飲んじゃえ!吸っちゃえ!遊んじゃえ!」と叫んだとしても、忘れたりしないのです。
マイクロスコープ:できない理由を特定する
意志力が問われる問題では、誘惑に背を向けるにせよ、ストレスの多い状況で踏み越えるにせよ、困難なことを迫られます。
あなた自身が改善したいと思っている、具体的な意志力の問題に直面している場面を想像しましょう。
その場合、、あなたのやるべきことは何でしょうか?
それを行うのは、なぜ難しいのでしょう?
それを行うことを考えると、どんな気持ちになりますか?
脳は1つでも「自分」は2人いる
意志力が働かないときー浪費したり、食べ過ぎたり、時間を無駄にしたり、かっとなったりーそんなとき、自分には前当然皮質なんかないんじゃないか、と疑いたくなったり。
もちろん、誘惑に打ち勝つことも不可能ではないでしょうが、必ずしもできる保証はありません。
この何とももどかしいありさまには、人類の進化の仕方がおおいに影響されています。
人類が進化するにつれて脳も大きくなりましたが、脳の中身が一変したのではないのです。
進化は何もないところから始まるのではなく、すでに存在するものに着けたつかたちで起こります。
ですから、人類にとって新しいスキルが必要になった時も、原始的な脳から新しいモデルの脳にガラッとチェンジしたのではなく、衝動と本能のシステムがすでに存在するところへ、自己コントロールのシステムが付け加えられたのです。
つまり、かつて役に立っていた本能は、人類が進化した今もそのまま残っているということ。
けれども、そのせいで問題にぶつかったとしても、進化したおかげで、それに対処する方法も与えられています。
ひとつ例を挙げるなら、太りやすい食べ物に感じる悦びをめぐる問題。
かつて食料が乏しく、体脂肪を蓄えることが命の保証となった時代。
そのころは甘いものに目がないおかげで、生き延びるチャンスが増えました。
食べ物が有り余る現代、魅惑的な食べ物に手を出さないほうが重要です。
なのに、遠い祖先の役に立っていたという理由で、私たち現代人の脳には、死亡と糖分を求めてやまない、太古からの本能がいまだにそなわっています。
しかし、私たちは幸運にもあとからできた自己コントロールのシステムで欲望を抑えることができます。
神経科学者の中には、私たちの脳は1つしかないが、心は2つある、と言う人さえいるほどです。
あるいは、私たちの心の中には2つの自己が存在するのだと。
つまり、一方の事故が衝動のままに行動して目先の欲求を満たそうとする一方、もう一方の事故は衝動を抑えて欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従って行動します。
どちらも自分であり、私たちは常に2つの自己の間を行ったり来たりします。
痩せたいと願う自分になるかと思えば、クッキーを食べたくてたまらない自分になってしまいます。
意志力の問題とは、このことなのです。
2つの自己が対立すれば、一方がもう一方をねじ伏せるしかありません。
しかし、誘惑に負けてしまう方の自己が悪いわけではありません。
最も大事なのは何かということについて、考え方が異なるだけなのです。
マイクロスコープ:もうひとりの自分に名前を付ける
意志力の問題は、いずれも2つの自己のせめぎあいから生じます。
あなたは、自身の意志力の問題について、対立する2つの自己のことを考えてみましょう。
衝動的な自分は何を望んでいるのでしょうか?
もっと賢い自分は何を望んでいるのでしょうか?
衝動的な自分にあだ名をつけるのが効果的だという人もいます。
たとえば、間食がやめられない自分に「クッキーモンスター」だとか、文句ばかり言ってしまう自分には「やかまし屋」とか、フットワークが重い自分に「なまけもの」とか。
そうやってあだ名をつけると、そういう自分になりかけたときに、はっと気づき、賢い方の自分を呼び覚ますことに役立ちます。
自分の中に2人の自己が存在し、それぞれが全く違うことを考えていたら、目標が達成できないことがあるのも、当たり前ですね。
あなたなら、どんな名前をもうひとりのあなたにつけますか?
ワタシのもう一人の自己は「クッキーモンスター」と名付けました。
明日はここから、「本能を目標達成に利用する」ことを勉強したいと思います。
今日もお疲れさまでした。
明日は、休めるといいですね。
では、また。