テレビのニュース番組には、飛行機がビルに突っ込まなくても、恐怖心を掻き立てる話でいっぱいです。
そして画面はパッと切り替わり、自動車のコマーシャルが流れます。
こんなとき著者はよく戸惑いを感じました。
企業は何でこんなうんざりするニュースのあいだに、CMなんか流すんだろう。
恐ろしい事件と商品のイメージが消費者に結びついてもかまわないのかしら?
ところがどっこい、「恐怖管理」という心理現象のなせる業で、ニュースをにぎわす恐ろしい事件が、消費者の購買意欲を掻き立てることがわかりました。
死亡事故を見たらロレックスが欲しくなる
「恐怖管理理論」によれば、人間は(自然なことですが)自分の死を考えるとき、恐怖を感じます。
死について考えないようにすることはできても、死から逃れることはできません。
自分もいつか死ぬのだと思うたびに、脳ではパニック反応が起こります。
私たちは必ずしもそれに気づくわけではありませんが、無意識に不安を感じ、わけもなく重苦しい気分になったりします。
それで、何でもいいから安心感や安らぎを与えてくれるもの、自分が強くなったように感じさせてくれる、お守りのようなものにすがりつくのです。
恐怖管理理論からは、意志力の問題における失敗について多くのことを学ぶことができます。
恐怖を感じた時、私たちがすがりつくのは銃や神様だけではありません。
多くの人はクレジットカードやカップケーキやタバコにすがりつきます。
数々の実験が示している通り、いつかは死ぬ運命にあることを思い出すとき、私たちはありとあらゆる誘惑に負けやすくなります。
楽しい気分になれるものでほっと一息ついて、希望や安心感を得ようとするからです。
たとえば、スーパーで買い物をする人たちへの実験で、参加者に自分の死について考えてもらったところ、買い物リストが長くなったり、甘いものや好物をふだんより余計に買いたくなったり、チョコレートやクッキーをいつもよりたくさん食べたくなったりしました。
別の実験では、人が死亡したニュースをテレビで見た視聴者は、高級車やロレックスの時計など、ぜいたく品の広告に購買意欲をそそられることがわかりました。
ロレックスをしていればミサイル攻撃から身を守れるわけではありませんが、そういう品物を所有することで自己イメージが高まり、パワフルになった気がするわけです。
タバコの警告表示はなぜ「逆効果」なのか
私たちのパニックボタンはいつでも作動します。
人が実際に死ななくても、ドラマや映画の中の死であっても、同じような効果があり、私たちは買い物をしたくなるのです。
ある実験で1979年の感動映画『チャンプ』の死別のシーンを観た人たちは、ふだんの3倍もお金を使って衝動買いをしてしまう(そして後悔する)ことがわかりました。
この実験で重要なのは、あの映画をみたせいで余計な買い物をしたくなったことに気づいていないことです。
たとえば、ふつうの水筒を買うつもりが、つい金属製の保冷ボトルを買ってしまったり。
そんな思い付きで買ったものの半分は家でガラクタ化します。
クレジットカードの請求額は増えるばかりです。
なんとなく元気がないときに、ちょっといいと思うものを見つけると、ささやき声が聞こえます。
「買わなくちゃ。こんないいモノがあったなんて!」
恐怖管理戦略で、私たちは死から目をそらすことはできても、誘惑に負けて快楽を味わっていては、寿命が縮みます。
2009年のある実験では、死亡の危険性をうたうタバコの警告表示は喫煙者にストレスや恐怖を与えることがわかりました。
公衆衛生当局の狙い通りです。
けれども残念なことに、不安にかられた喫煙者たちが頼ったのはお決まりのストレス解消法、すなわち喫煙でした。
なんということでしょうか。
ストレスによって欲求が高まり、タバコを一目見るだけでドーパミン神経細胞が以上に刺激されてしまうのです。
マイクロスコープ:「あなたが恐れていること」は何ですか?
今週は、恐怖管理の減少を引き起こす原因になりそうなものを意識してみましょう。
新聞やテレビやインターネットでは、どんなニュースが流れていますか?
恐怖戦略を利用してCMを流している商品にはどんなものがあるか調べてみましょう。
あなたの意志力のチャレンジに関係のあるものでしょうか?
あなたが思わず安心や安らぎを求めずにいはいられなくなるような、脅し作戦や警告表示を見かけることはありますか?
恐怖管理が起きると、私たちは誘惑になびくだけでなく、物事を先延ばしにしがちです。
ずっと先延ばしにしている物事には、どこか死を連想させるところがあるものです。
たとえば、「病院の診察予約をする」「処方薬の調剤を頼んで薬を携行する」「遺言状的書類を整える」「退職に備えて貯金する」、あるいは「二度とつかわれないものや着られなくなった服を捨てる」など。
あなたにも、先延ばしや忘れがちなことがあるなら、自分の弱さを見つめるのを避けている可能性はないでしょうか。
もしそうなら、恐怖に向き合うことで、かえって合理的な選択を行えるようになります。
目に見えない漠然とした影響力から逃れることはできなくても、自分の頭できちんと理解したことについては、比較的かんたんに行動を変えることができるからです。
ニュースをやめたら夜食が減った
ヴァレリーは夜になると片付け物をしたり、子供たちが翌日に学校で必要なものを準備しながら、リビングのテレビを1時間から2時間つけっぱなしにしていました。
たいてい、行方不明の人や未解決事件、犯罪などを特集するニュースチャンネルを観ています。
どれも興味をそそられる話ばかりで、ときには見たくないような画像が出てきたりしても、なぜか目をそらすことができません。
著者の授業で恐怖管理論の話をしたとき、ヴァレリーは初めて真剣に、毎日あんな残酷なニュースばかり見ていて大丈夫かしら、と思いました。
そして、夜になると塩気の強いスナックや甘いお菓子を食べたくなるのも(それをやめるのも彼女の意志力のチャレンジの一つでした)、表っとしたら、事件のニュースと関係があるのではないかと思い始めました。
ヴァレリーはニュースを聞いたとき、とくに子供が巻き込まれた悲惨な事件のニュースを聞いたときに、自分がどんな風に感じているかを意識し始めました。
そして翌週の授業でこう言いました。
「ひどい気分です。
みぞおちのあたりが痛いのに、どうしても目が離せないんです。
私と関係ないことなのに、大変だと思ってしまって。
どうしてあんなことをしているのか、自分でもわからないんです」
ヴァレリーは悲惨なニュースばかり流すチャンネルを観ないことに決め、もっとストレスのない番組を楽しむことにしました。
音楽やポッドキャストやホームドラマの再放送など。
それから1週間もしないうちに、ヴァレリーは1日の終わりにはまるで暗い雲がすっかり消え去ったような気分になりました。
さらに恐怖番組をやめてもっと元気が出るような番組を観るようにしたところ、以前のように子供のおやつに持たせるはずだったナッツの袋を空っぽにするようなこともなくなりました。
知らなければならないニュースはともかくとして、ニュースでも恐怖をあおってくるような恐ろしい映像を無理して観ることは、意志力のチャレンジのためにも省きたいことですね。
自分を心地よくしておくことは、ドーパミンを無駄に活躍させないためにも、大切にしたいものです。
今日はゆっくり休めましたか?
明日からのあなたの1週間が、すてきな毎日になりますように。
では、また。