トリニティ大学の心理学実験室で行われた「シロクマ」の実験。
17名の学生が、いきなりシロクマのことで頭がいっぱいになりました。
圧倒的な魔力でその考えは襲い掛かってきました。
シロクマなんて、ふだんは学生たちの脳の片隅にもありません。
いつも、えっちなことと試験のことで頭はいっぱい。
話題はコーラの新商品は期待外れでがっかり、なんてことばかり。
それは、こんな指示を受けたからです。
「シロクマのことは考えるな」。
好印象を狙うほど、不愉快なことを口走ってしまうのは
これらの学生はダニエル・ウェグナーの一連の研究に参加した最初の被験者でした。
ウェグナーは現在、ハーバード大学の心理学の教授になっています。
これをやってはいけない、と思うとかえってそこから頭が離れなくなることがありますよね。
このことは、不安や憂鬱、ダイエット、依存症に関する最新の研究でも明らかになっています。
ウェグナーなほかの学生にも参加してもらい、ほかのものでも実験を繰り返しましたが、いずれも、何かについて考えないようにすればするほど、逆効果でそれについて考えてしまうということがわかりました。
しかも、そのことについて「考えよう」と意識するときよりも、禁止される方がよけいに考えてしまうのです。
ウェグナーはこれを「皮肉なリバウンド効果」と呼んでいます。
また、ウェグナーの発見によると、起きているときにあこがれの人のことを考えないようにしていると、あえてその人のことを考えて夢想にふけった場合よりも、その人の夢を見る確率が高くなることがわかりました。
まさにロミオとジュリエット。
禁じられた恋ほど燃えるという心理現象です。
ウェグナーはそのあと、あらゆる本能について、それを抑制しようとした場合に皮肉な結果が現れる証拠を見つけました。
就職活動中の学生が面接官によい印象を与えようと力みすぎて鼻につくような発言をしてしまったり。
演説をしている人が政治的に正しい表現を使おうと意識するあまり、かえって思い切り差別的な表現が浮かんできたり。
秘密を漏らすまいと思っている人が思わず口を滑らせたり。
思考のモニター機能が破滅を導く
考えや感情を頭から消し去ろうとすると、脳は「何かを考えてはいけない」と処理します。
そのプロセスは2つに分かれています。
片方はウェグナーは「オペレーター」と呼ぶ機能です。
禁止されたこと以外のことを考えようとします。
「とにかく、シロクマ以外のことを考えよう。この茶色の壁でも見ていようかな」。
このオペレーターは脳の自己コントロールシステムに依存し、多大な心的資源とエネルギーを要します。
一方で、頭のほかの部分でhあ、自分が考えたくないことを考えている、という事実を淡々と認識します。
「気が付けば、シロクマのことばっかり浮かんでしまって・・・」。
このプロセスをウェグナーは「モニター」と呼んでいます。
自動的に作動し、精神的努力はそれほど要しません。
この機能は脳が自動的に脅威を探知するシステムに深く関係します。
けれども、何らかの理由でオペレーターが作動しなくなると、モニターは自己コントロールにとんでもない障害をもたらします。
通常はオペレーターとモニターは並行して作動します。
あなたが買い物でスーパーに行き、スナック菓子売り場に近寄るまいと決心しています。
オペレーターはあなたの意識を集中させて予定の行動をとらせようとする位峰、モニターはあなたの頭の中や環境をスキャンし、警報を発令します。
「大変!危険!3番通路にクッキー!」
気力がみなぎっている状態ならば、オペレーターはモニターの情報を役立てることができ、困ったことがないようにします。
けれども、ストレスやお酒、病気、そのほか精神的な疲労のせいで気力が衰えていると、オペレーターはまともに作動しません。
でも、モニターは元気いっぱいでとにかく動きます。
すると、頭の中のバランスが崩れ、モニターが禁止事項を探知するたびに、頭の中は禁止事項が入ってきます。
脳は無意識に情報を処理します。
その結果、まさに避けようとしていることをやってしまうかもしれないのです。
それで、スナック菓子売り場のそばを通りかかると、モニターはクッキーを買ってはいけないことを思い出し、「クッキー!クッキー!」という声をあなたの頭に響き渡らせます。
でも、モニターとのバランスをとる十分な力がオペレーターにないと、身の破滅を防ぐはずのモニターが破滅を呼びます。
頭に浮かぶことは真実だと思い込む
私たちは、自分の考えることは重要な意味があると信じています。
ですから、ある考えがしょっちゅう頭から離れなくなると、それは注意を払うべき緊急のメッセージに違いないと思うようになるのです。
つまり、ある考えがどれだけすんなり頭に浮かぶかにより、私たちは物事が起こる可能性や信ぴょう性を判断しているのです。
そのため、心配事や欲求を振り払おうとするとき困ったことが起きます。
例えば、飛行機事故のニュースを一度聞くと忘れないものなので、飛行機事故にあう確率が高そうに思えます。
しかし実際は飛行機事故の確率は1400万分の1にすぎませんが、ほとんどの人は「腎炎」や「敗血症」で死ぬ確率よりも高いように感じます。
この2つの病気は死亡原因のトップ10に入っているのに、すぐに思い浮かぶ病名ではないからでしょう。
ある女子学生は自殺することばかり頭をよぎってしまい、頭から離れなくなってウェグナーに真剣に相談してきました。
それはきっと、自分の心の奥底で自殺を望んでいるからに違いない、と彼女は思い始めていました。
心理療法士ではないウェグナーは、シロクマの実験の話をして、頭から振り払おうとすると、かえってそれが頭にこびりつくことを説明しました。
でも、だからといって、その考えが真実であるとか、重要であるとは限らないのだ、と。
それを聞いた女子学生は、安心しました。
自殺のことが頭から離れないからと言って、ほんとうに自殺したいわけではなかったのです。
マイクロスコープ:「皮肉なリバウンド効果」を検証する
あなたにも、何か考えないようにしていることはありませんか?
もしあるなら、「皮肉なリバウンド効果」を検証してみましょう。
何かを考えないようにすると、そのとおり考えずに済みますか?
それとも、かえって強く意識してしまうでしょうか?
疲れとかストレスなどを極力溜めないとか、疲れているときは危険なゾーンに近寄らないとか、そうしたことは脳のシステム上必要なことなんですね。
それから、「いつも頭に浮かぶから、これは自分の深層心理が・・・!?」と恐れおののく必要はないわけです。
ただの「シロクマ」かもしれないんですね。
それから、「夢に見たいこと」があれば、日中そのことを考えるのを禁止にするのも面白い方法かもしれません。
今日もお疲れさまでした。
ゆっくり休んで、楽しい夢を。
では、また。