ボストンマラソンに出場していた医師、ナタリー・スターヴァスは、片足を負傷しながら41キロ強を走りぬき、、いよいよゴールに近づいていました。
勤務先の小児科病院に賞金を寄付したいと思っていたので、けがのせいであきらめるのは絶対に嫌だったのです。
ゴールが目の前に迫ったとき、花火のような音が突然聞こえました。
つぎの瞬間、大勢の人たちが叫び声をあげながら、こちらにむかって逆走してきました。
2013年4月、ボストンマラソン爆破テロ事件です。
爆弾テロ事件での、助け合い
スターヴァスは一緒に出場していた医師の父親に向かって言いました。
「お父さん、早く行って助けなきゃ」
スターヴァスは1、2メートルの観客用の策を乗り越え、コースわきの小道を走っていきました。
レストラン・アトランティック・フィッシュ・カンパニーの前に来ました。
第二の爆発現場です。
あたり一面血の海でした。
むっとする強いにおいが立ち込め、口の中も血の味がするほどでした。
スターヴァスは現場を見渡し、やるべきことを考えようとしました。
空っぽのベビーカー、ちぎれて飛ばされた足。
やがて、若い女性が地面に倒れているのが目に入りました。
女性に駆け寄り、脈を調べ、心臓マッサージを開始しました。
スターヴァスは爆発現場で5名の救命治療にあたり、4名が命を取り留めました。
懸命に治療を続け、とうとう警察官に現場から引き離されるまで、治療を止めようとしませんでした。
スターヴァスのほかにも、爆発の後すぐに行動を起こした人は大勢いました。
マラソンを走り終えたばかりのランナーたちが、マサチューセッツ総合病院に駆けつけ、献血を行いました。
「クラウドケアリング」のオンラインプラットフォームが立ち上げられ、地元の人がそれを利用して、身動きが取れずに困っているランナーたちに食事や寝る場所を提供したり、そばにいてともに時間を過ごしたりしていました。
ボランティアの人々はゴール地点に戻り、爆発の恐怖で逃げ去ったランナーたちが現場に置き忘れたメダルや所持品を回収しました。
このようないたわりの行為は、人々が事件の後何日も何週間もたってから、悲劇を受け止め、心の整理をするために行ったのではありません。
「なにかしたい」という衝動は、本能的なものでした。
ボストンの事件で、多くの人々が懸命に人を助けようとした事実には胸を撃たれますが、驚くべきことではありません。
むしろそれが当たり前であるところが重要なのです。
困難な状況では、心からの親切な行為がつぎつぎに生まれます。
人は苦しみを味わうと、「周りの人を助けたい」という思いに突き動かされるからです。
衝撃的な事件に遭遇した場合、ほとんどの人は、利他的な傾向が強くなることが研究でもわかっています。
たとえば、家族や友人のことをもっと気遣ったり、NPOや教会のボランティア活動に使う時間が増えたり。
重要なことは、利他的な行いをすることは、本人にとっても役立つことです。
トラウマを体験した人は、周りの人の手助けに時間を多く使うほど、本人も幸せになり
、人生により大きな意義を感じられるようになります。
最も苦しんだ人が、もっとも人を助ける
自分が苦しい思いをしているときでも、周りの人を助けたいと思う本能あ、マサチューセッツ大学の心理学教授、アーウィン・シュタウプによって「苦しみから生まれる利他主義」と名付けられました。
シュタウプは若いころに、ナチズムと共産主義のハンガリーから逃亡しました。
最初は、彼は研究者として、暴力と人間性の喪失について研究するつもりでした。
しかし、いろいろと調べていくうちに、人々の助け合いの実話にいくつも出会い、シュタウプは魅了されていきました。
たとえば、ホロコーストを生き残った人々のうち82%の人は、収容所で飢餓寸前になっても、ほんのわずかな食料を分け合うなどして、「どんなことをしても周りの人たち助けたいと思った」と語っているのです。
自然災害やテロ攻撃や戦争などによって、地域社会全体が被災した場合も、このような悲劇を経験した人々が示す利他主義について、ある顕著な特徴が見えてきました。
それは、「もっとも苦しんだ人々が、もっとも人を助ける」ということです。
1989年に、ハリケーン・ヒューゴがアメリカ南東部を襲った時、被害の少なかった住民よりも、甚大な被害を受けた住民の方が、ほかの被災者のためにたくさんの援助活動を行いました。
また、9・11以降、テロ事件でもっとも苦しんだ人々ほど、多くの時間とお金を被害者の支援活動に使いました。
また、シュタウプの調査によって、トラウマ体験の多い人々ほど、自然災害時のボランティアに積極的に参加したり、寄付したりすることが分かりました。
もし、「利他主義=自分をすり減らすこと」だと考えるなら、とても不可思議な現象に思えます。
そのような考え方で行けば、自分たちが被害を受けて苦しんでいるときは、よけいな労力は使わずに、いま持っているものを死守しようとするはず。
それなのになぜ苦しみを経験した人ほど、誰かの役に立ちたいと思うのでしょうか?
その答えは、すでに私たちが学んだことです。
すなわち、他者へのいたわりが「勇気」と「希望」を生むこと。
これまでに見てきたように、周りの人を助けると、恐怖が勇気に変わり、無力感が消えて楽観的な気持ちになれます。
人生で最もつらいストレスに襲われた時こそ、思いやりのもたらす効用は、私たちが生き残るためにきわめて重要なのです。
人の役に立ちたいと思うことって、人の本能なんですね。
そう思えることが、うれしいです。
自分が苦しんでいる時こそ、誰かを助けたいと思う本能は、「敗北反応」を防ぐためにも重要な役割を持つのだそうです。
「敗北反応」は、度重なる虐待などの苦痛で、体が条件的に示す生理反応で、食欲減退や社会的孤立、うつ、最悪の場合自殺にもつながります。
しかし、喪失やトラウマは、必ずしも敗北反応につながるわけではないのです。
次回、そんなことを一緒に読んでいきます。
今日もお疲れさまでした。
では、また。