自分の人生の主人公が自分であるという自覚。
自分は大きな共同体の一部の存在でしかないという自覚。
相反しているようにも見える二つをバランスよく持つことで、他者を仲間と感じることができるのです。
こんばんは、ラブです。
私たちは共同体の一員であり、自分の人生の主人公である
わたしたちは、共同体の一員として、所属しています。
共同体のなかに自分の居場所があると感じられること。
「ここにいてもいいんだ」と感じられること。
つまり所属感を持っていること。
これは、人間の基本的欲求です。
たとえば学業、仕事、交友、そして恋愛も結婚も、すべては「ここにいてもいいんだ」と思える場所や関係を探すことにつながっています。
そして、自分の人生の主人公は「わたし」です。
しかし、「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
「わたし」は人生の主人公でありながら、あくまでも共同体の一員であり、全体の一部なのです。
自分にしか関心を持たない人は・・・
よく見かけるタイプで、こんな人がいませんか?
「職場の上司が、〇〇してくれない」
「家族が、〇〇してくれない」
と人が「~してくれない」とばかり愚痴っている人。
「その人」は、世界の中心に君臨しているわけではないですよね。
こうした自分しか関心を持たない人は、自分が世界の中心にいると考えてしまっているのです。
こうした人たちにとっての他者とは、
「わたしのために何かをしてくれる人」
でしかありません。
みんなわたしのために動くべき存在であり、わたしの気持ちを最優先に考えるべきだ、と半ば本気で思っています。
王子様、お姫様タイプ、とでも言いましょうか。
だから、他者との関りで「この人はわたしに何を与えてくれるのか?」ばかりになるのです。
でも、この期待が満たされるわけはありませんよね。
「他者はあなたの期待を満たすために生きているわけではない」
からです。
仲間が敵になるとき
その期待が満たされなかったとき、彼らは大きく失望し、ひどい侮辱を受けたと感じます。
そして憤慨するのです。
「あの人はわたしに何もしてくれなかった」
「あの人はわたしの期待を裏切った」
「あの人は、もう仲間ではない。敵だったのだ」
と。
自分が世界の中心であるという信念を持っている人は、遠からず「仲間」を失うのです。
地球儀の上のわたし
あなたもワタシも地球という共同体では一部にすぎません。
しかし、あなたもワタシも自分の人生の主人公です。
世界を地球儀のようなものと考えてください。
すべての場所が中心でありながら、すべての場所は中心ではない。
共同体の一部であって、共同体の中心ではありません。
共同体に積極的にコミットして所属感を得る
アドラー心理学では、「共同体への所属感」とは、ただそこにいるだけで得られるものではないと考えます。
共同体に対して、自らが積極的にコミットすることによって、所属感は得られるのです。
具体的には、「人生のタスク(課題)」に立ち向かうことです。
つまり、仕事や交友関係、愛情(恋愛・親子関係)という対人関係の課題を回避しない。
それらに自ら足を踏み出していくことで、所属感を獲得していくというのです。
わたしたちは、何ができるのか?
もしもあなたが、「世界の中心」なのならば、あなたは共同体へのコミットなど考えないでしょう。
もしもあなたが中心なら、あらゆる他者は「わたしのために何かをしてくれる人」だからです。
しかし、あなたもワタシも世界の中心にいるわけではない。
自分の足で立ち、自分の足で対人関係の課題に踏み出さなくてはならない。
「この人は何をしてくれるか?」
ではなく
「わたしはこの人に何を与えられるか?」
を考えなければならないのです。
つまり何かを与えてこそ、自らの居場所を得ることができるのです。
所属感とは、生まれながらに与えられるものではなく、そうして自らの手で獲得していくものなのです。
実際問題・・・
偉そうなことをいっぱい書いちゃいましたが、ワタシはまだまだです。
つい「~してくれない」が出てしまいます。
そんなことだから、「周りの人間がみんな”敵”のような気がする?」と感じちゃう日があるんだろうな~と反省です。
共同体感覚は、生まれ持って持ち合わせるものではなく、自分で自分の中に育てていくもの。
それには、「自分が社会に対して貢献していく」ことデスネ~。
コンビニでお釣りを10円募金するところからでも、ちょっとずつ始めてみようと思います。
周りに対しても感謝できることっていっぱいありますよね。
「ありがとう」を口癖にして、「やってくれない」を卒業!
頼まれごとを楽しんでやっていくことですね。
今日できる1歩をいつくしんで行けたらいいな~♪と思いました。
新しい季節がスタートしましたね!
今年もあなたにとって、最高の1年になりますように!!
では、また。