いつもは自然体で余分な力を入れずに暮らし、いざというときには実力を十分に発揮できれば、すばらしいこと。
では、そのために気分や情緒のムラをなくし、ずっとこころを一定に保つことが必要なのでしょうか。
「ダイヤモンドのこころ」は、無理な注文
気分や情緒のムラがなく、一定に保ちたいと思うことがあります。
しかし、あらゆるものを変化させず一定に保つことは、どだい不可能なことです。
古代ギリシャ哲学者の「万物は流転する」、『平家物語』の「諸行無常」ではないですが、どんなものにも移り変わりはあるものです。
人間の気分についても、同じ現象が古くから観察されていました。
今でこそ「双極性障害」という、躁とうつが交代で現れる病気がありますが、昔は「循環病」などとも呼ばれていたくらいです。
感情に振り回されないことと、感情を持たないこととは、違います。
感情に振り回されないということは、気分や情緒をダイヤモンドや鋼鉄のように変化させず、一定のレベルに保つことと同じではないのです。
大切なのは、落ち込んだら跳ね返す、調子に乗りすぎたら自分を抑えて謙虚になる、というバランス運動ができるかどうか、なのです。
先日勉強したストレス耐性、「レジリエンス」は、この跳ね返す力やテクニックのことなのです。
気分のブランコには、よい時も悪い時もある
「こんなエラーをしてしまって・・・もうダメだ」
野球を見ていると、タイムリーエラーをしてすっかり落ち込んでいるあるいはせっかくの好機に凡退してしまった選手を、しばしば目にします。
しかし、一線級になるような人は、がっくりくるこの経験をバネにして、練習を重ねているはずです。
むしろこのような挫折経験がまったくなければ、成績がアップしていくはずなどないでしょう。
「悔しい」という屈辱、ため息をついて「自分はもうだめだ」などと絶望的になった経験を、次のチャレンジへの原動力、エネルギーなのだと考えなおすことには、大きな意味がありますし、実は精神医学的にも有効であることが証明されているのです。
人間の気分というものは、プラスに触れたものはマイナスに、マイナスに触れたものはプラスにと、ブランコのように揺れ動く傾向があるからです。
精神医学で「mood swing」という用語があります。
swingは、野球やゴルフでおなじみの「スイング」で、振るという意味です。
日本語では「気分変動」と訳されますが、ブランコのようなイメージですね。
上がった気分は下がる。
下がった気分は上がるという、ホメオスタシスのような恒常性が、人間の精神にも備わっているとも言えます。
うつ病の患者さんさえ、ずっと定値安定ではないそうです。
注意深く観察すれば、調子の良いときと悪いときの「ブランコ」のような動きがあるのです。
特に具合が悪くある書記と、回復して本調子まであと1歩というときに、このような気分の揺れが見られます。
冬から春になるときの「三寒四温」に似ていると、患者さんに話すそうです。
もちろん健康な人にも「mood swing」はあるものです。
「何をやってもダメだ」というときも、このブランコの原則をあてはめると、やがては「今日は自分はツイてるな」という状態に変わっていくことも、ごく自然なことなのです。
気持ちを固定してこころの安定を保とうとするよりも、ブランコの性質を活かして、揺れながらも安定を保つ方が、こころの持つ特性に合ったやりかたです。
硬くて太い木も、大型台風の襲来で簡単に折れてしまうことがあります。
竹や柳のようにしなる木の方が、強風には耐久力があります。
よく用いられるたとえですが、よくできた比喩です。
人間の気分というものは、脳科学的にも自然に変動する性質を持っています。
「落ち込んだら、自然に戻る」という、一見能天気に見える考え方にも、科学的な裏打ちがあるわけです。
揺れるこころは、実はしなやかな強さの証です
・気分はブランコのように、移り変わるものと思う
・落ち込んだとしても、いずれ気分は上がるもの
・調子に乗っているときは、むしろ務めて控えめに
季節の変わり目は、何かと気分の上下がありませんか。
でも、「それは自然なこと」「揺れるこころはしなやかな強さの証」と思うと、安心します。
気分が上がったときに、ちょっとクールダウンを心がけたり、下がったときに、楽しいものでも目にするようにして、「揺れながら安定を図る」ことにチャレンジしたいと思いました。
今日もお疲れさまでした。
ゆっくり休んでくださいね。
では、また。