バーテンダーにギネスを注文する前に、40歳男性が携帯情報端末を取り出して記録しています。
「1杯目のビール、午後9時4分」。
彼はニューヨーク市立大学とピッツバーグ大学の心理学者と依存症研究者が行った実験に参加した人です。
この実験では18歳から55歳までの144名に携帯情報端末を配布し、お酒を飲んだ記録をつけてもらいました。
研究者がぜひとも知りたかったのは、参加者が飲みすぎた翌日、どう感じているかということです。
「どうにでもなれ効果」
当然ながら、前の晩に飲みすぎてしまった人は、朝ひどい気分で目が覚め、頭痛や吐き気がありました。
また、後ろめたさを感じ、恥ずかしく思っていました。
さて、厄介なのはここからです。
前の晩に飲みすぎたせいでひどく落ち込んだ人ほど、その夜も、また翌日の夜も飲みすぎてしまうのです。
罪悪感の反動で、飲まずにはいられなくなるのです。
これぞ、意志力にとって、最大の脅威の一つである「どうにでもなれ効果」です。
ダイエット研究者のジャネット・ポリヴィとピーター・ハーマンが最初に使った「どうにでもなれ効果」という言葉は、はめを外して、落ち込んで、さらにはめを外すという悪循環を表しています。
研究者たちが気付いたのは、ダイエットしている人の多くは、ちょっとつまずいただけで、ものすごく落ち込んでしまうこと。
ピザ1切れ、ケーキを1口食べてしまっただけで、もうダイエットなんかしても、無駄だとあきらめてしまうことでした。
ダイエット違反を最小限に食い止めたいなら、あと1口だって食べないほうがいいのに、開き直ってしまいます。
「もういいや、どうせダイエットなんかもうパーだもん。こうなったら、全部食べちゃえ」
ダイエット中の人に「どうにでもなれ効果」が生じるのは、食べるものを控えていたものを食べてしまった場合だけではありません。
ほかの人たちよりも自分だけ多く食べ過ぎてしまった時も、同様の後ろめたさを感じます。
その反動で、さらに食べ過ぎてしまいます。
あるいは、あとでこっそりやけ食いするとか。
どんなかたちの挫折であれ、悪循環につながってしまうのです。
ある実験では、ポリヴィとハーマンは、体重計に細工して、ダイエット中の日検査の体重が実際より2キロ多めに表示されるようにしました。
その結果、被験者たちは落ち込み、後ろめたさを感じ、自己嫌悪に陥ってしまいました。
しかし彼らは、増えてしまった分の体重を減らそうと決心するどころか、憂さ晴らしにやけ食いに走ってしまったのです。
どうにでもなれ効果が起きやすいのは、どんな意志力のチャレンジにも起きる可能性があります。
禁煙中の人、禁酒中のアルコール依存者、無駄遣いを必死に我慢している人、性衝動を抑えようとしている児童性的虐待者など、同じような悪循環が見られます。
どんな意志力のチャレンジでも、パターンは同じです。
最もかんたんで手っ取り早い気晴らしの方法は何でしょうか?
それは落ち込む原因を作った、まさにそのものだったりします。
しかし、ちょっとつまずいたからと言って、それが即、大きな失敗につながると決まっているわけではありません。
危険なのは、最初につまずいたときに自分を恥じたり、後ろめたくなったり、希望をなくしたりすることです。
いったん悪循環にはまると逃げられず、そのまま転げ落ちていくしかない気がするかもしれません。
すると、そのせいでさらに大きな失敗を招き、ますますみじめになり、また自分を責め、またしても誘惑に負けます。
しかし、そうやって気晴らしにやっていることは、ただ罪悪感を生むばかりで、悪循環を断ち切る力はないのです。
マイクロスコープ:つまずいたときに自分に「何」を言っていますか?
今週は、意志力の問題で失敗したとき、自分がどんな態度をとっているかをよく観察してみましょう。
自分を厳しく批判したり、「お前なんか絶対に変われるもんか」なんて自分に向かって言っていたりしませんか?
失敗したのは自分の欠点のせいだ(だらしなくて、馬鹿で、欲深くて、能なしだから)なんて思っていませんか?
絶望したり、罪悪感をおぼえたり、さらに自分を甘やかそうとしていませんか?
慰めの言葉で「どうにでもなれ効果」が緩和される
ルイジアナ州立大学のクレア・アダムズとデューク大学のマーク・リアリーというふたりの心理学者が、どうにでもなれ効果を引き起こす実験をしました。
体重に気を付けている若い女性を研究室に集め、科学の名のもとにドーナッツとお菓子を食べさせたのです。
この二人は、どうにでもなれ効果について面白い仮説を立てていました。
罪悪感のせいで自制心を失ってしまうものなら、罪悪感とは逆の感情は自己コントロールの助けになるかもしれないという考えです。
そんな彼らの変わった戦略とは、ダイエット中だけどドーナッツを食べてしまった女性の半数をなぐさめることです。
参加者の女性は、あらかじめ説明が行われました。
実験は2種類で、一つは食べ物が気分に与える影響の実験。
もうひとつはいろいろな味のお菓子の試食です。
最初の実験では、すべての女性にシュガーシロップをかけたドーナッツかチョコレートドーナッツを選ばせ、食べ終えてもらいます。
また、グラス一杯の水を飲み干させ、おなかを膨らませました。
これは戦略で、おなかのあたりがきつく感じると、罪悪感が生まれやすくなります。
それから、女性たちはドーナッツを食べてどんな気分になったかを調査用紙に記入します。
その後、ふたつめの実験でお菓子の試食の前に、半数の女性には、罪悪感を和らげるような温かい言葉がかけられました。
実験の担当者たちは、
「参加者の方々の中には、ドーナッツを丸ごと食べたことで罪悪感を覚える方がよくいるんです」
と説明したうえで、一人一人に対し、
「あまり自分に厳しくしないように。
誰だってときには、自分を甘やかすこともあるってことを、忘れないでくださいね」
となぐさめました。
いっぽう、残りの半数の女性たちには、何の言葉もかけませんでした。
はたして自分を許すことで、どうにでもなれ効果の悪循環を断ち切ることができたのか。
試食がすんだあと、実験担当者は試食のお菓子のボウルの重さをはかりました。
温かい言葉をかけられた女性たちが次の実験で食べたお菓子の量はわずか28グラムだったのに対し、自分を許せるようになぐさめてもらわなかった女性たちは、70グラム近くも食べていたのです。
(参考まで、ハーシーズのチョコ1個で4.5グラムです)
この結果には、多くの人が驚きました。
常識的に考えれば、
「誰だってときには自分を甘やかすことがあるのだから、あまり自分に厳しくしないで」
などと言われたら、ダイエット中でも、もっと食べてしまいそうです。
しかし、罪の意識を取り除かれたことで、その女性たちは、次の試食で食べ過ぎずにいられました。
私たちは、罪悪感は自分のあやまちをただすのに役立つと思いがちですが、やはり落ち込んでいると誘惑に負けやすくなるということでしょう。
自分に厳しくしても、意志力は強くならない
意志力を強化するには、自分にもっと厳しくするしかないと思っているかもしれません。
そう考えるのはあなただけではありません。
しかし、それは間違いです。
かずかずの研究でも明らかになっている通り、自己批判はつねにモチベーションの低下や自己コントロールの低下を招きます。
また、自己批判はうつ病の最大の予兆であり、うつ状態では「やる力」や「望む力」が失われてしまいます。
これに対し、自分への思いやりである、自分を励まし、自分にやさしくすることは、やる気の向上や自制心の強化につながります。
カールトン大学の実験では、学生たちが勉強を先延ばしにする様子を楽器の最初から終わりまで記録しました。
最初の試験では、多くの学生がぎりぎりまで試験勉強を始めませんでした。
最初の試験で、直前まで勉強しなかったことで自分を責めた学生たちは、自分を許した学生たちに比べて、その後の試験でもやはり勉強を先延ばしにする傾向が見られました。
自分を責めるより、許した学生のほうが、次回は着々と準備をする気になったのです。
驚いたことに、罪悪感を抱くよりも、自分を許すほうが責任感が増すのです。
研究者たちの発表によれば、失敗したことについて、自分に思いやりを持って振り返った場合のほうが、自分を厳しく批判した場合よりも、失敗は自分のせいだったのだ、と認めやすくなります。
また、そのほうが他人の意見やアドバイスに対しても進んで耳を貸せるようになり、失敗の経験から学ぶことも多くなるのです。
自分を許すことで失敗から立ち直れる理由の一つは、自分を許すことによって、恥の意識や苦しみにさいなまれることなく、事実をありのままに見つめられるようになることです。
明日は、失敗したときに具体的に自分に対してどうやって対処すればいいかについて、勉強します。
今日もお疲れさまでした。
ゆっくり休んでくださいね。
では、また。