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猫のメメとモエ

生命線があと10年分しかない!どうせなら、やりたいことに(あまりお金をかけずに)ちょっかいを出すことにした猫好きのブログ。メンタルトレーニング、自己啓発、一人旅、猫めぐり、山歩き、真剣な子育て、ジョギング、写真。その他いろいろ。

ヒーローから学ぶ、目標に向かっている反動でしくじる瞬間~『スタンフォードの自分を変える教室』

意志力をめぐる教材になるスキャンダルは、いつの時代も事欠きません。

タイガー・ウッズを始めとして、政治家や宗教指導者、警官、教師、アスリートなど、大物をめぐるニュースが毎週飛び込んできます。

こうしたスキャンダルは、自制心の限界によって起きたように見えます。

しかし、彼らの自己コントロール筋が疲れ切ってしまったから、というのは安直すぎる考えです。

私たちは、新聞の見出しを飾るヒーローたちの轍を踏まないように、意志力の問題における失敗はすべて弱さのせいで起きるという思い込みを考え直す必要があります。

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人は「まちがった衝動」を信用する

次の意見に対し、「まったく反対」「やや反対」「やや賛成」「まったく反対」のどれかで評価してください。

・ほとんどの女性は、ほんとうに頭が良いとは言えない。

・ほとんどの女性は、外で仕事をするよりも、家で子供の世話をする方が向いている。

このような性差別的な意見は、男子学生でさえ抵抗を覚えるかもしれません。

では、少し表現を変えてみたらどうでしょうか?

・なかには、ほんとうに頭が良いとは言えない女性もいる。

そしてもうひとつ。

・なかには、外で仕事をするよりも、家で子どもの世話をする方が向いている女性もいる。

 

このような意見をはねつけるのは容易ではありません。

やや性差別な感じもすしますが、「なかには~もいる」という表現にケチをつけるのは難しいでしょう。

 

これらの調査は、心理学者のブノワ・モレナンとデイル・ミラーによる研究の一部です。

最初の2つの意見を評価するよう求められた学生たちは、とんでもない意見だと反対しました。

一方、「なかには~もいる」という手ごわい表現を使った意見を評価するよう求められた学生たちは、もっと中立的な態度を示しました。

 

この実験の後、学生たちは就職面接という設定で、意志決定をする実験に参加しました。

与えられた課題は男女数名の候補者の適性を判断することで、業種は建設や金融など典型的な男性中心の業界の上級職という設定です。

ついさっき性差別的な意見に反対した学生たちは、脳力のある女性の候補者を差別したりはしないはずです。

 

しかし、プリンストン大学の研究者たちは、正反対の結果を見ることになりました。

あからさまな性差別的な意見に強く反対した学生たちの方が、やや性差別的なニュアンスが和らいだ「なかには~な女性もいる」という意見にしぶしぶ賛成した学生たちよりも、その業種には男性のほうが適していると判断したのです。

 

また、この実験とは別に、研究者たちが人種差別的な態度について学生らに質問をお行った後に、人種的マイノリティへの差別意識が表れる実験を行ったときにも、同じような現象が起きました。

 

これらの研究は多くの人に、衝撃を与えました。

心理学者たちは、人はいったん意見を表明したら、その後もその意見に従って行動するものだと思い込んでいました。

誰だって、自分のことを偽善者のように思いたくないに決まっています。

しかし、プリンストン大学の心理学者たちは、終始一貫した行動をとりたいという私たちの望みには、例外があることを突き止めました。

 

こと善悪の問題に関しては、たいていの人は道徳的に完全でありたいなどとは思っていません。

ですから、少し良いことをすると、今度は自分の好きなように行動してもいいだろうと思ってしまいます。

 

あからさまな性差別的な意見や人種差別的な意見に反対した学生たちは、自分の優れた道徳観をアピールできたように感じていました。

自分は性差別主義者でも人種差別主義者でもないことを堂々と証明した挙句、心理学者のいう「モラル・ライセンシング」に陥りやすくなってしまいました。

 

人は、何か良いことをすると、いい気分になります。

そのせいで、自分の衝動を信用しがちになります。

多くの場合、悪いことをしたってかまわないと思ってしまうのです。

 

今回のケースでは、性差別主義的な意見や人種差別的な意見にきっぱりと反対を表明した学生たちは、すっかりいい気分になった挙句、引き続き性差別主義者や人種差別主義者のような判断をしないように注意するのを怠ってしまいました。

そのため、直感的な先入観にとらわれてしまい、自分の判断がフェアでありたいという大きな目標にかなっているかどうかなど考えなくなってしまいました。

学生たちは、何も差別をしたいと望んでいたわけではありません。

良いことをしたせいでいい気分になってしまい、次に自分が下した決断の悪い点が目に入らなくなっていたのです。

「モラル・ライセンシング」が判断を狂わせる

ひとは、このモラル・ライセンシングのせいで、悪いことをしてしまうだけではありません。

良いことをするように求められたとき、責任逃れをするようになります。

例えば寄付金の依頼を受けた時、自分が以前に気前よく寄付をしたことを思い出した人たちは、そのような過去のよい過去を思い出さなかった人に比べ、寄付した金額が6割も低いという結果が出ています。

このモラル・ライセンシング効果は、世間一般にモラルが高いと信じられている人たち(牧師、家庭の大切さを説く政治家、腐敗を厳しく追及する司法長官など)がひどい不品行を行いながらもそれを正当化する理由を説明できるかもしれません。

 

あなたがモラル化するものが何であれ、モラル・ライセンシングの効果の格好の餌食になります。

たとえば、エクササイズをちゃんとおこなったときには自分を「良し」とほめ、先延ばしにしてしまっときは「ダメ」とけなしていたりすると、今日はトレーニングを行っても、明日はサボる可能性が高くなります。

しようと考えただけで、した気になってしまう

ライセンシングの理論は、厳密にいうと理論的ではありません。

というのも、私たちは自分自身の「よい」行いと自分が正当化しようとしている「悪い」行いが矛盾しないかなど、気にも留めないからです。

衝動買いをぐっと我慢した人が、家に帰っととたんにおやつをペロッと食べてしまったり、プロジェクトに膨大な時間をとられている社員たちが、会社のクレジットカードを当然のごとく私用に使ったりするのもそのせいです。

 

私たちはなにかよいことをした気分になって、あるいはよいことをしようと思いついただけで、正しさに対する判断があまくあいまいになってしまうと、衝動に従っても構わないと思うようになります。

人は正しいことは「したくない」と感じる

モラル・ライセンシングの最も悪いところは、論理的に筋が通っていないことだけではありません。

困るのは、私たちがそのせいで、自分にとってほんとうにためになることとは反対のことをしてしまうことです。

モラル・ライセンシングのせいで、私たちは自分に害をなすような行動(ダイエットをやめたり、浪費したり、禁煙を破ったりする)を「ごほうび」だと思い込みます。

まったくどうかしていますが、私たちは、まんまとそそのかされ、自分が「やりたいこと」を「すべきこと」だと信じてしまうのです。

また、善悪の判断によってやる気が大きく左右されるかと言うと、残念ながらそうではありません。

私たちは自分は清く正しくあろうとしていると思い、自分の行動基準は悪いことや恥ずべき事ではないと信じています。

しかし、冗談にもほどがあります。

私たちの最大の行動基準は、欲しいものを手に入れ、欲しくないものは避けることです。

 

ある行為を道徳的に正しいこととして位置付けると、私たちはどういうわけか相反する感情を抱くようになります。

意志力のチャレンジをよりよい人間になるためにすべきことだと位置づけると、何もそんなことをする必要がないのでは、と反発心がわいてきます。

いかにも人間らしいかもしれませんが、私たちはいくら自分のためになることでも、他人からそれを押し付けられるのには抵抗を覚えます。

それと同じで、正しいことや自己改善を行うために自分自身にルールを課そうとすると、コントロールされたくないと思っている自分が直ちに抗議の声をあげます。

 

ですから、あなたがエクササイズや節約や禁煙を、あなたの目標達成のために役立つからではなく、「正しい」ことだからやろうと思っても、おそらくその決心は続きません。

モラル・ライセシングのワナを避けるためには、道徳上の問題にしないこと。

ダイエットをさぼるのは道徳的に悪いことでも何でもないのに、多くの人があらゆる種類の自己コントロールを道徳のテストのように考えています。

誘惑に負けてデザートを食べたり、寝坊したり、クレジットカードを使いすぎたり・・・そんなことまで道徳の基準で測ろうとします。

マイクロスコープ:自分の「言い訳」を知る

今週は、意志力のチャレンジにおける失敗や成功について、あなたが自身や周りの人にどんな言い訳や説明をしているかを観察してみましょう。

・意志力のチャレンジで成功すると、「よくやった」と自分をほめ、誘惑に負けたりやるべきことを先延ばしにしたりすると「ダメだった」と思っていますか?

・「よい」ことをしたのに、こんどは「悪い」ことをしてもかまわないと思ってしまうことがありますか?それはたわいもないごほうびでしょうか?

それとも大きな目標への努力を損なってしまうようなものでしょうか?

 

意志力の実験:「なぜ」を考えれば、姿勢が変わる

進歩に着目していると、達成できた自分に目をとられて、そのあとにゆるみが出てしまいます。

自分の「進歩」ではなく、「努力する姿勢」に注目することが必要なのです。

そのためには、香港科技大学とシカゴ大学の研究によって、ある戦略が示されています。

誘惑に負けなかった時のことを学生たちに思い出してもらったところ、ライセンシング効果が生じ、そのあと70%の学生が自分を甘やかす行動をとりました。

しかし、学生たちに「なぜ」誘惑に負けなかったのかと理由を尋ねたところ、ライセンシング効果は見られず、こんどは69%の学生は誘惑に負けませんでした。

 

「なぜ」という理由を思い出すのが効果的なのは、それによって自分を甘やかすような報酬についての感じ方が変わってくるからです。

いわゆる”ごほうび”が目標達成を妨げる脅威のように思えてきて、誘惑に負けて好きなことをすることがそれほど楽しそうに思えなくなります。

また、「なぜ」という理由を思い出すことにより、目標に少しでも近づくためのチャンスを見逃さず、目標達成へ向けて行動できるようになります。

 

がんばったんだから、すこしくらいごほうびをもらってもいいよね、と思っている自分に気が付いたら、ちょっと立ち止まって「なぜ」自分は頑張っているのかという理由を思い出してみましょう。

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何かをがんばった後は、いつも食べたくなってしまいます。

そんなときは、「なぜ」を思い出さなくちゃ!です。

今日もお疲れさまでした。

ゆっくり休んでくださいね。では、また。

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