ドーパミンはやる気を出すのにおおいに役に立ちます。
しかし、ドーパミンは確かに悪い面があるので、私たちは落ち着いて観察していく必要があります。
すると、私たちは報酬の期待にわくわくするのと同じくらい、ストレスも感じていることに気づくはずです。
「欲しいもの」は、反射的に不安を生み出す
欲望を感じているとき、私たちはいい気分でいるとは限りません。
ときにはどうしようもなく最低な気分になるほどです。
ドーパミンは私たちに多少のプレッシャーを与えてでも、幸せを追い求めさせようとします。
その過程で不幸な気分を味わおうとおかまいなしです。
あなたに欲しいものを手に入れさせるために、報酬システムはアメとムチの二つの武器を用意しています。
もちろん最初は報酬への期待です。
これは、ドーパミンを放出する神経物質が、喜びを期待したり行動を計画したりする脳の領域に働きかけるから。
すなわち、人をやる気にさせるアメです。
けれども、報酬システムはムチのような働きをする第2の武器を持っています。
脳のストレスセンターにも信号を送り、ストレスホルモンを放出。
その結果、欲しいものを期待するほど不安が募ります。
何が何でも欲しいものを手に入れたいと思うあまり、のっぴきならない、生きるか死ぬかの一大事のように感じます。
研究者たちは、チョコレートを食べたいと思っている女性たちの心の中で、欲求とストレスが葛藤を繰り広げる様子を観察しました。
チョコレートの画像を見た女性たちは、驚愕するような反応を見せました。
警戒や覚醒に関する生理的反射反応で、まるで草原で肉食動物に遭遇したかの反応です。
そのときどんなふうに感じたかをたずねたところ、女性たちは喜びと不安を同時に感じ、そのうえ自制心が利かなくなったといいます。
私たちも同じような状態になると、わくわくした気分になるのは欲しいもののせいで、ストレスを感じるのはそれがまだ手に入らないせいだと思います。
つまり、欲しいもののせいでわくわくもすればストレスも感じるということがわからないのです。
マイクロスコープ:欲望のストレスを観察する
欲望を感じているとき、期待でいっぱいになり、ドーパミンにつきものの「実際のいやな気持」にはあまり気が付きません。
今週は、何かを欲しいと思う気持ちがストレスや不安を生んでいるのに気が付くかどうか、注意してみましょう。
もし、あなたが誘惑に負けたら、それは報酬への期待にそそのかされたせいでしょうか?
それとも、不安を和らげようとしたせいでしょうか?
脳内物質に操られて破滅的な行動をし続ける
実験用ラットがえさに見向きもせず、電流の流れる網の上を行ったり来たりしているのを目の当たりにして、オールズとミルナーが勘違いをしました。
私たちがドーパミンの作用で行っていることを勘違いすることと同じことです。
一心不乱にほしいものを求め、手に入らないなら努力を惜しまず、苦痛さえいとわないようなとき。
私たちはそれほどまでに欲しいものが実際手に入ったら、きっと幸せになれると思い込んでいます。
チョコバーや新しいキッチングッズを衝動買いしたり、お酒のお代わりを注文したり、新しいパートナー、もっといい仕事、もっと儲かる株・・・そうやって、際限なく追い求めているうちに、疲れ切ってしまいます。
報酬への期待が強烈なせいで、私たちは少しも楽しくないのに欲しいものを求め続け、満足をもたらすどころか、悲惨な結果を招くものを消費し続けます。
ドーパミンの主な働きは報酬を追い求めることですから、”ストップ”信号を出すことなどありえません。
たとえその報酬が期待外れだとわかっていても、やめようとしないのです。
コーネル大学の食品・商標研究所は、ある映画館の観客を対象に実験を行い、それを証明しました。
映画館の甘いポップコーンの前では、ドーパミン神経細胞が踊りだし、お客は行列しました。
売店では、研究者の依頼により、2週間前に作られたひどい味のポップコーンを販売しました。
客が「映画館のポップコーンはおいしいに決まっている」と思い込んで食べるか、それとも「おいしくない」と気づいて食べるのをやめるか、知りたかったのです。
映画の終了後、2週間前のポップコーンはひどい味だったと観客は言いました。
硬くなってしけていて、胸が悪くなりそうだったと言うのです。
でも、彼らは売り場に押しかけて返金を求めることなく、つくりたてのポップコーンを食べた客と同じで6割も食べていました。
あなたの最大の「やらない力」のチャレンジを考えてみてください。
それはおそらく、手に入れたらあなたが楽しい気分になれるもの、たくさん手に入れれば楽しい気分になれると思っているものではないでしょうか?
しかし、実際に経験したことや結果を注意深く分析すると、往々にして、まるで逆であることがわかります。
誘惑に負ければ、報酬を期待するあまり欲求が強くなり、あせる気持ちからは解放されます。
しかし結局、欲求不満は満たされず、自分い失望し、恥ずかしくなって、自分にうんざりしてしまう。
あるいは、報酬を手に入れた割にちっとも楽しくない、ということもあるでしょう。
とはいえ、多くの研究が証明している通り、そのような「まやかしの報酬」を追い求めたむなしい経験に注意を払うようになると、呪文は解け始めます。
脳が報酬に期待する、うれしさ、喜び、満足、悲しみやストレスへの終止符などと、脳が実際に経験するものを一致させるように仕向けること。
すると、あなたの脳はとうとう期待の方を調整するようになります。
たとえば食べ過ぎが習慣になっている人の脳は、お腹いっぱいになっても、さらに食べ物を要求します。
そうして食べれば食べるほどに、焦りが生まれます。
あまりに早食い過ぎて、口に詰め込んでいるものの味すら感じていないことがあります。
食べ終わるころには、体もしんどく、気分も悪くなっています。
しかし、落ち着いて味わいながら食べると、見た目も匂いもおいしく感じ始めます。
そんな人が、ゆっくり食べようとするのは、最初はつらいかもしれません。
しかし研究によれば、味わって食べることを練習した人は、食べ物に関する自制心が強くなり、大食いが減りました。
時間がたつにつれて体重が減少しただけでなく、ストレスや焦燥感や憂鬱感も軽減。
このようにまやかしの報酬を期待する気持ちから自分を解放すれば、満足感をもたらすと信じていたものが、実は自分を惨めな気持ちにさせる原因だったことがわかります。
意志力の実験:快感の誘惑に負けてみる
わざと誘惑にみをさらして、報酬への期待を感じてみましょう。
これをすれば楽しい気持ちになれると思い込んでいるせいで、つい負けてしまうような誘惑です。
授業でよく出している例では、スナック菓子やショッピング、メール、ゲーム、ネット上のさまざまな暇つぶしなど。
あえてそういうものを楽しむことにします。
まず、報酬への期待が高まるとどんな感じがするかに注目しましょう。
期待や希望を感じたり、興奮したり、焦ったり、つばが出たり・・・脳や体に起きているさまざまな現象を観察します。
そのうえで、わざと誘惑に負けてみます。
その時実際に感じた快感は、期待どおりでしたか?
満足して、報酬への期待は消えたでしょうか?
それとも、もっと食べろ、もっと使え、もっとやれ、とあなたをさらに駆り立てたでしょうか?
いつになったら、満足するでしょうか?
そもそも満足することなどあるのでしょうか?
それともたんにお腹がいっぱいになったり、疲れたり、イライラしたり、時間が無くなったり、もしくは報酬が品切れになったりして、続けられなくなっただけでしょうか?
このエクササイズを試した人は、最終的にだいたい次の2つのうちどちらかのパターンに分かれます。
①楽しいと思っていることを心から味わうようにしたところ、思っていたよりもずっと少しの量で満足できることが分かった。
②報酬への期待と実際に得た快感があまりにかけ離れていることがわかり、すっかり幻滅してしまった。
いずれの場合も自分ではコントロールできないと思っていた行動を、以前よりもうまくコントロールできるのようになるでしょう。
「これが欲しい」「あれがやりたい」と強く思う瞬間、確かにストレスがかかって、誘惑に負けやすくなったりしませんか。
ワタシの場合、「おやつを食べたい」「漫画を買いたい」など。
そして、確かにちょっとそれがしたくてイライラしたりします。
その割には、それが成功しても、たいしておいしくもなく、胃もたればかり引き起こしたり、値段の割に楽しめないことがほとんどです。
そうしたドーパミンの性質をわかっていることで、ちょっとでもコントロール出来たら、すごく素敵!
つまらないストレスを、ごみ箱に捨てることができたら、一番の断捨離かもしれません?
「ほんとうの報酬」と「まやかしの報酬」の見分け方を、明日勉強します。
今日もお疲れさまでした。
ゆっくり休んで、すてきな夢が見られますように。
では、また。