家族や同僚のためとか、自分のためだけでない何かが頭に浮かぶと、あなたはいつもより強いあなたになります。
ストレスにも強くなり、はるかに強いプレッシャーにも負けないあなたになります。
あまりに強いプレッシャーだと、今度はそれがあなたを擦り切れさせてしまいますが、弱いプレッシャーだけを受けていても、ちょっとのことで擦り切れる心しか作れません。
それは、歯磨き粉のチューブのまだかなり残っている中身を「ああ、もう空っぽだ」とあきらめているようなものです。
空っぽのギリギリまで絞り出してみる
あなたの限界がどれくらいかを知るには、1回でも2回でも空っぽギリギリまで絞り出すことを著者は勧めています。
これを体験すると、ものすごく強くなれます。
一度でも何かでそういう体験をしたときに、「あのときのことを思えば、自分はもう少しできる」という自信を持ったことがあるのではないでしょうか?
また、「このあたりでやめたほうがいいな」という見極めもできるようになります。
その体験は人生のさまざまな局面における心の支えになります。
ところが空っぽギリギリまでいかないうちに、誰かが助けに来てくれたり、自らあきらめてしまったり。
「これ以上やると体を壊すから、やめておきなさい」と甘やかす人がいたかもしれません。
すると、その分野のことでのあなたの限界を知ることができず、挑戦もできず、結果としてプレッシャーに強くなるチャンスを失っていたのです。
しかるべきチャンスの時期には、自分を叩くだけ叩くのも良いのです。
ストレスの大きさは、耐える力とのバランスで決まる
ストレスって、相対的なものですよね。
もちろん、大きなストレス、小さなストレスなどの大きさはありますが、同時にそれを支えられる自分の力強さがどれくらいか、このふたつのバランスで成り立っています。
ですから、強い自我を持っている人から見れば、「なんでこんなことでめげちゃうのかな?」という小さなストレスでつぶれる人もいます。
逆に、すさまじいストレスにも耐えて、歯を食いしばってにこやかに笑って毎日頑張っている人もいます。
同じストレスでも、受け止め方が違うのです。
すさまじいものを背負っても頑張っている人には、ある種の自己犠牲と品格があります。
身なりの美しさではなく、崇高な美しさが醸し出されるのです。
体を鍛えるのと同様、心もトレーニングすることでスタミナをつけることができます。さまざまなストレスに耐えてがんばった人は、感謝する気持ちや小さな幸せを見つける眼を持てるようになります。
そうして人生の帳尻が全体で合うようになっているのかもしれません。
けれども、そうやってあなたをストレスに耐えられるよう鍛えていくことは、体のトレーニング同様つらいことです。
できるだけ逃げ出して、人のせいにして、病気は医者のせいにして、進路は学校の先生のせいにして、仕事は上司のせいにして、家庭生活はパートナーのせいにしてと、「他罰」で逃げている人は、あなたもあなたの周りの人を見ての通り、残念ながらストレスに強い人はなれないのです。
役割を与えられるあなたになる
昨日は駅伝の話の中で「人のためにならば、人はもっとがんばれる」という内容がありました。
「自分も役割を与えられれば、もっとがんばれるのに」と思うことがあります。
しかし、そうおおうだけではだめで、「この人になら任せられる」と周囲が思うからこそ、その役割は与えられるのです。
「でも、あの人いつも遅刻するし、途中で『疲れた』を連発するし、あてにならないし、ちょっとね・・・」という人には、あなたも仕事を頼んだりはしにくいのではないでしょうか。
信頼されるかどうかは、相手が決めることです。
現実に小さな日々のことで何をしてきたか、その一つひとつが実は信頼を勝ち得ているかのポイントです。
お茶出しひとつ、流し台に運んだ茶碗を洗う、書類をどうしまっているか、時間を守っているか。
小さなことを少しずつ、ひとつずつ乗り越えていくと、大きな仕事が来ます。
軽いバーベルを少しずつ重くしていくと、普通の人には上げられないような思いバーベルを上げられるようになるのです。
小さなストレスをひとつずつ乗り越えていけば、大きなストレスが乗り越えられるようになります。
心のパワーがついてくれば、ストレスをパワーに変えていくことができるようになるのです。
オードブルでやめていないか、自問してみる
世の中には、いろんなことができるマルチな人がいます。
英語ができて、絵が描けて、ピアノが上手で、ついでにギターも。
どうしてあんなにできるかとよく見ると、どれも1度は徹底的にのめりこんでいます。
例えばピアノを習い始めたら、寝ても覚めても、夢の中でもお風呂でも、ピアノのことしか考えない期間が2年くらいある。
そしてだいたいピアノが弾けるようになったら、次はギターでも弾きたいとのめりこむ。
ところが、ピアノもいいな、ギターもいいな、テニスもかっこいい、とやっていると、どれもこれも適当で中途半端。
3つくらい同時進行で適当にやっていると、器用貧乏になります。
だから、例えば何年か恋愛に思いっきりのめりこみ、もう死にそうなくらい経験をする。
そんな期間を持てることは、とてもラッキーなことで、「恋愛ってこんなものなんだな」と本質的に理解することができます。
けれども、多くの人はさらっと適当に三日坊主を繰り返します。
著者が言うには「メインディッシュ」を食べていないのです。
美味しいものが食べたくて日本料理屋に行き、お通し(突き出し)を食べただけで、「こんなのじゃなくて、もっと美味しいものが食べたい」と、次はフランス料理のオードブルだけ食べて「これも違う・・・」。
恋愛も趣味も、同じことをやっているのは、実にもったいないのかもしれません。
自分で踏ん張る人は成功する
「石の上にも3年」という言葉がありますが、確かに3年辛抱すると1年1クールで3クールくらい学べて、それは基礎になります。
次の職場で別の仕事をしても、以前の経験が必ず役立ちます。
半年で辞めると何もわからないまま次に行ってしまい、年齢だけ三十路になり、相変わらず使い物にならない、という人もたまにいますよね。
自分の弱さを何とか鍛えよう、鍛えなおそうという気持ちを持つこと。
そう決めただけで、だいぶストレスに強くなります。
逃げ腰であるほどストレスにやられやすいからです。
昔と違って、現代は逃げることができます。
仕事では、昔は丁稚奉公に上がったら簡単にはやめられなかったけれど、今は簡単に転職できます。
家庭では、昔は離婚は簡単なことではありませんでしたが、今は違います。
(ブラックな企業とか、ひどいパートナーとは無理してがんばる必要はありませんが)
現代には自由があります。
適当にちょろちょろやっていても生活はできます。
だからこそ、経験を積むチャンスを失っている時代でもあります。
誰にも強制されない中で、踏ん張れる人が、これからの時代に成功していくのだと思います。
靴箱の中のいらない靴を捨ててみる
ストレスに強くなる方法として、何かを捨てる、整理することで鍛えるやり方もあります。
クローゼットのいらない服。
もう読み終わった本や、「積ん読」になってしまった本をBOOKOFFする。
あらゆるものをシンプルにして、いつでも旅立てるようにスーツケース1個に自分の全財産をしまえるくらいに身軽にしてみるのです。
そうすると、最高に軽くなります。
気持ちも軽く、心もものすごく強くなるそうです。
そして、愚痴なる可能性が広がります。
次に新しいたくさんの靴を持てる可能性ではなく、ひとつの大事な靴でどこにでもあるいていけるという 可能性です。
レジ袋いっぱいにモノを詰めてずるずる歩き、結局何一つ活用できずに腐らせてもしょうがないのです。
渡り鳥は、荷物を何一つ持たずに旅に出ます。
それくらいシンプルな身なりになると、身も心もすっきりしてフットワークが軽くなります。
今週もお疲れさまでした。
ゆっくり休んでくださいね。
では、また。