あなたが優しさゆえに社会で人に意見や感覚を譲ってしまう時。
あなた自身の感性が押し殺されてしまいます。
それが積もり積もって、スランプや人生のつまずき、鬱へと引き込んでしまうことがあるのです。
ほんの一瞬の時間で、あなたの感性を思い出してみませんか?
今日大事なのは「イマジネーション」。
こんばんは、ラブです。
人生で起きているすべては、あなたがそれをどう受け止めるか次第。
あなたの身体と心が「感じた」ことが、あなたの人生にとって真実です。
あなたのマインドと向き合い、その動きに敏感になるためのトレーニングをしてみませんか?
体感と言葉をつなげる
まず、目を閉じて「目の前にかき氷がある」とイメージします。
それを一口すくって、口に入れます。
どんな体感がありますか?
口いっぱいに冷たさを感じられたと思います。
次に、雪をイメージします。
それに触ると、また冷たさを感じます。
けれど、先ほどのかき氷の冷たさと違いますね。
次に、山の渓流に足を入れる様子をイメージします。
流れる水がひやりとして、冷たいですね。
今度は、晴れた空をイメージします。
真っ青な空が見渡す限り広がっています。とても清々しいものです。
次に、海をイメージしてください。とにかく青い。でも、先ほどの青さとは違います。
深くて吸い込まれそうな青です。
さらに、外国人の瞳をイメージします。
青いです。けれど、空や海とも違う青さです。
これで「冷たい」「青い」をそれぞれ3回イメージしました。
言葉では同じでも、体感として同じものは1つもなかったはずです。
イメージとともに湧きあがってきた感覚、あなたの内側で生まれた感覚以外に確かなものなど世界中のどこを探したって見つかりません。
これが、あなたにとっての真実なのです。
顕在意識で考えて形容詞をリストアップし、その中に「冷たい」という言葉を挙げたとしても、そこには体感が伴っていません。
かき氷の冷たさ、雪の冷たさ、渓流の冷たさ、すべて違います。
どの冷たさなのか、その体感があってこそ、「冷たい」という言葉が生まれるのです。
体感が言葉を生みます。
体感によって、自然と言葉を紡いでいくトレーニングなのです。
体感に基づいた言葉を発していく。
感じたものを言葉にしていく。
それを習慣にすると五感が鍛えらえます。
まだ体験していない何かを、あなたの内側に豊かにイメージする力を鍛えていくこと。
それこそが潜在意識を揺り動かす源となるのです。
イメージをインストールする
では、次に「冷たい」と「青い」を組み合わせて、名詞をイメージします。
先ほどの「かき氷が冷たい」という体感と、「空が青い」という体感を重ね合わせた時に、あなたの心の内側にどんなイメージがでてくるでしょうか。
それを書き出してみてください。
考えるのではなく、感じること。
ペンが止まるのは、考えている証拠です。
感じるままにイメージを膨らませてみてください。
夏休み、プールサイド、青春時代・・・。
様々なイメージがでてくるでしょう。
一人一人違って当然です。
体感とは個人のオリジナルなものだからです。
一般的なイメージかどうかなど、考え始めたとたんに感じる力はオフになってしまいます。
では、次に「雪の冷たさ」と「海の青さ」を重ねるとどうなるでしょう。
北海道、流氷、鯨・・・。
これも様々です。
この、自分で作り出したキーワード。あなたにとってのイメージが大事です。
あなたの言葉であなたが生み出していく。
そこにはあなただけが感じている体感があるはずです。
知識ではなく、あなたの感覚、イメージで言葉を紡いでいきます。
あなたが外側の世界に感じている対象のイメージを、あなたの内側に取り込み再現するときに、様々な感覚が呼び覚まされ、「イマジネーション」の力が発揮されます。
その瞬間に潜在意識は動き出すのです。
空の青色を見て、単に青い絵の具1色で塗る人間と、芸術家のように自分の感じ取った空の青をキャンバスに再現しようと、色々な色を混ぜ合わせていく人間。
同じ絵を描くにしても、後者の描く絵は、描く人間にとっても観る人間にとっても、感動的で濃密なものになります。
人生も同じ。
人生を楽しめる人間かどうかの差はここにあります。
自分の外側の世界から、より多くの情報を取り入れ、あなたの感覚で何かをしでかすことを選ぶ人生程、面白くて尊いものはないのです。
「我がまま」に「在るがまま」に
あなたは、「今、本当にやりたいこと」がやれていますか?
今という時間、何をどう感じていますか?
自分の心は今、何をどう感じていますか?
そのあなたへの問いかけを忘れないことが大事です。
そのとき重要なのは、あなたの感性です。
出てきた感情を見失わずに尊重すること。
「いい」「悪い」の判断なしに、自分のあるがままとして認めていくことです。
一般的には、自分の感じたままを大事にしていると「我がまま」と受け止められがちです。
著者のクライアントにも、「我がまま」と言われたアスリートがいました。
「我がままの何が悪い?」と著者は伝えました。
「自分の感性を麻痺させて、自分を見失っている人間が多い中で、我がままであり続けるのは素晴らしいこと」
「それであけ自分の感情をごまかさずに、純粋に在り続けられている」
そう捉えたらよいのです。
むしろ、勝負においては、アスリートは我がままでなくてはなりません。
自らの感覚で一喜一憂を見定め、自らの感覚で肉体や環境の変化をとらえ、競技にかけてきた人たちです。
その感覚こそがすべてを決めるのです。
「未来の自分を信じる」という潜在的な可能性を信じ続けていく精神力が必要とされます。
しかし、社会においてはそれは苦しいことです。
自分の感情をごまかして、妥協する方がラクだからです。
けれども、それでは自分が自分でなくなってしまいます。
大切な自分を信じられなくなってしまうのです。
これは、誰にでも起こりうる事態です。
スランプに陥っている人、人生につまずいている人、うつ状態の人というのはそうした自らの感覚に自信が持てず、自己喪失に向かっているのです。
それゆえ自分以外の誰かに頼りたくなります。
自分が自分で信じられないのです。
そんな時こそ、自分のマインドにフォーカスすることが大事です。
「自分の心が信じていること」に注目するのです。
そして、どうして自分は苦しいんだろう、何が悔しいんだろう、悲しいんだろう、と自分の気持ちを見つめてみる。
そこから逃げずに、自ら「マインドフォーカス」をして向き合ってみる。
自らが感じている何かを自分の言葉として表現していくことで、見失っていた未来の自分の心を取り戻すことができます。
人生に「楽しみ」が戻ってきます。
自分の感性を信じて、自分を取り戻す
社会で人と合わせる生活をしていると、自分の感じていることを後回しにしたり、無視したりしがちです。
そんな心の習慣がいつの間にか自分を押し殺してしまうのかもしれません。
気づかないうちに、「自分を信じられない」ということを生み出しているのかもしれません。
ちょっとした自分だけの感性を意図的に思い出したり、自分が本当はどう思っているのかをしっかり感じたりすること。
そんなことで、キモチは少しずつ強さを取り戻していくのではないでしょうか。
アスリートでなくても、私たちの毎日は日々闘いが待っています。
社会にいると「自分がやりたいこと」を本当に見失ってしまいますね。
自分を見つめなおすマインドフォーカス。
人生の真実を見つけていくためにも、ちょっとした瞬間に意識してみようと思いました。
今日も暑い一日でした。
おつかれさまです。
よい夢をみてくださいね。
では、また。