大ブームになったときに、あなたも手に取ったかもしれません。
ワタシもそうでした。
しばらく読まなかったのと、当時は理解が追い付かず何となく腑に落ちない部分が合って、BOOKOFFで「誰か読んでね~」と断捨離しました。
でも、それから数年あれこれ自己啓発書を読みながら、「この内容は、『反応しない練習』からのものでは?」というものをいくつも発見。
どうにも読み返したくなって、再度購入して今回に至ります。
数年たった今だから理解できたことがたくさんありました!
生きていて起こるさまざまな悩みは、”たった1つのこと”で解消できる、と著者は言います。
それが本著の1番言いたいことです。
それさえわかっていれば、あとは「正しく考える」ことで、どんな悩みも必ず解消できるといいます。
そもそも私たちの悩みとは、
・忙しくて心に余裕がない。
・今の仕事に満足していない。先が不安だ。
・イヤなこと、不運、失敗が重なって落ち込んでいる。
・性格が合わない相手がいる。
そんなことです。
一見自分一人では解決できそうにありません。
しかし、どれも”心の反応”から始まった悩みなのです。
朝の通勤ラッシュにげんなりするのは、心を憂鬱にさせる反応です。
心内相手の態度にイラっとするのも、怒りを生む反応です。
大事な場面で失敗を恐れてマイナスの想像をしてしまうのも、不安や緊張を生み出す反応です。
だとすると、すべての悩みを根本的に解決できるのは、“ムダな反応をしない”ということですよね?
これは無理して反応しないように我慢する、ということではありません。
「どうせ自分なんて」と暗い気分が出てきたら、すばやくリセット・解消する、ということなのです。
もともとブッダの教えとは「心のムダな反応を止めることで、いっさいの悩み・苦しみを抜ける方法」のことだそうです。
その内容は大きく2つだけ。
①心の反応を見ること
②合理的に考えること
「心の反応を見る」とは、おなじみの「座禅」やマインドフルネスやヴィパッサナー瞑想のことです。
・・・このあと、もっと簡単な日ごろからできることも紹介されていますので、難しく考えなくていいです。
また、「合理的に考える」とは、目的がかなうよう、筋を通して考えること。
この本での私たちの目的は「ムダに反応しない」「悩みを増やさない」ことです。
悩みをなくそうとしない。「理解する」
人に「悩み」は、つきものです。
ブッダの考え方は、私たちが日ごろ抱えている「悩み」を「理解する」ことから始めます。
わたしたちの抱える苦しみをブッダは「8つの苦しみ」として表現しています。
生きること、老いること、病気、死、厭わしい者と出会うこと、愛する人との別れ、求めるものを得られないこと、ままならない人の心です。
現実を受け入れることは辛いと思うこともあります。
しかし、受け入れなくていいのです。
そうではなく「ある」ものを「ある」と理解するだけでいいのです。
「私には悩みがある。未解決の問題がある」とはっきり自覚することがスタートです。
そして、「でも、きっと解決できる」と考えます。
その方法がこれから学ぶ「ブッダの考え方」です。
ブッダの考え方は、悩みがあるという”現実”を見据えます。
そしてその”原因”を理解します。
そこから、解決への”方法”を実践しようというもの。
最先端の医学にも似た明快な処方箋なのです。
悩みの正体とは?
私たちの悩みの原因って何でしょう?
仏教では「悩みの原因は”執着”にある」とよく語られます。
執着とは、手放せない心。どうしてもしがみついてしまう、こだわってしまう、怒りや、後悔や、欲望といった思いの数々です。
どうしてそれらを手放せないのか、問題を抱えてしまうのか?
座禅や瞑想などの修行によって振り返りをしていくと、そうした現実をつくり出しているのが”心の反応”であることが、明らかになってきます。
私たちは、日々のくらしや仕事のなかで、思い通りにいかないことについて、つい腹を立てたり、焦ったり、不安になったりしますよね。
つまりそれが「心の反応」です。
忌まわしい過去を思い出し、苦い後悔に沈むのも、全部「反応」です。
執着以前に、悩みをつくり出しているのが”心の反応”。
だから、「ムダな反応をしない」ことを私たちは日々心掛けることが大事なのです。
その問題の「理由」に着目する
「イヤなことがあって腹が立った」場合は、その怒りの反応の理由は「イヤなこと」です。
しかし人生には、「なぜ自分がこんな反応をしてしまうのか、わからない」こともけっこうあります。
最近周りのひとにいらだつことが増えたり。
家族や職場に不満が募ってきたり。
周囲の人に相談すると、
「気持ちはわかるけど、もっとラクにいきていいのでは?」
「無いものねだりは、カラダに毒だよ。もっと楽しいことを考えようよ」
と言われたり。
ブッダが「激流」と表した 人生のリアル
人間が抱える不満や物足りなさの「理由」について、ブッダは「反応しつづける心のエネルギー」、”求める心(タンハー)”として発見しています。
これは7つの欲求に枝分かれしており、①生存欲②睡眠欲③食欲④性欲⑤怠惰欲⑥感楽欲(音やビジュアルなどの快楽を味わいたい)⑦承認欲があるとしています。
つまりは
①まず”求める心”があり②それが7つの欲求”を生み出し③その欲求に突き動かされて人は「反応」し④ときには欲求を満たす喜びが、⑤ときには欲求がかなわない不満が生まれる。
そうしたサイクルを繰り返すのが人間の人生である、とブッダは説いています。
氾濫するインドの河になぜらえて「激流」とブッダは言い表しました。
私たちの日常をよくたとえているのではないでしょうか。
「満たされない心」と、どう折り合うか
”求める心”のことを、仏教の世界では「渇愛」と表現するそうです。
「求め続けて、いつまでも渇いている、満たされない心」のことです。
たしかにこれは、実感としてあります。
大切なのは、「心とは、そもそもそいうものだ」と理解しておくことです。
それに一体、何の意味があるのか
たとえば”承認欲”。
それは、子供のころに「もっと親から愛されたかった」という気持ちが根底にあるかもしれません。
それを解決する一歩としてブッダの考えの基本には、「まず、理解する」です。
「そうか、わたしは満たされていない承認欲があるのだ」。
このように言葉で、客観的に理解するよう努めます。
「ある」ものを「ある」と、まず理解することが、一番正しい心がけです。
そうすると、何が起こるのか?
「そんなに仕事をがんばって、あんな親に認められたところで、それが一体なんなのだ?」
と超クールに考えられるようになります。
(ほんとに、それが一体何だというのでしょう)
心の状態を「きちんと見る」だけで
特に「心の状態を見る」習慣を持つことで、日ごろのあなたのストレスや怒り、落ち込みや心配などの「ムダな反応」をおさえることが可能になります。
では、「心の状態を見る」とは、どういうことなのでしょう?
ここでは、その方法が3つ紹介されています。
①言葉で確認する
②感覚を意識する
③分類する
では、それらをどうやって実践すればよいのでしょうか
①ココロの状態を言葉で確認する
たとえば、苦手な人の前で緊張してしまったら、「私は緊張している」と確認します。
長時間テレビやネットなどで遊んでしまったときは、「アタマが混乱して落ち着かない」「心がざわついている」と、客観的に確認します。
特に目をつむって行うと、心が落ちつきます。
仕事中でも、「今、自分の心はどんな状態だろう?」と意識すること。
「疲れを感じているな」「気力が落ちている」「イライラしてる」「考えがまとまらないな」と客観的に確認します。
「言葉で確認する」ことを仏教の世界では「ラベリング(ラベル貼り)」と呼ぶことがあります。
心の状態にぺたりと「名前」を張って、客観的に理解してしまうのです。
このラベル貼りを日常生活でもやってみましょう。
掃除をしているときには、「わたしは、今、掃除しているな」、歩いているときは、「今、歩いている」、パソコンで作業しているときは「作業している」。
実践していくと見えてくるそうですが、言葉で確認していると、反応から抜け出せます。
②カラダの感覚を意識する
もうひとつは、「感覚を意識する」。
これはストレスや疲れがたまった心をリフレッシュする抜群の効果があります。
まず、目を閉じて、自分の手を見つめてください。
暗闇に「手の感覚」がありますね。
その手を見つめながら、上に挙げてください。
今度は、手のひらを上に向けた状態で、脚の上に置きます。
そこで握ったり開いたりします。
手の感覚をしばらく味わいます。
椅子から立ち上がってみましょう。カラダの感覚を見つめながら行います。
こうして、日ごろから動かしているカラダの「感覚」を感じ取るようにするのです。
③アタマの中を分類する
これは、心の状態をいくつかの種類に分けます。
おおざっぱに3つに分けると、基本は(1)貪欲(2)怒り(3)妄想の3つに分類できます。
(1)貪欲は、過剰な欲求です。
期待しすぎ、焦り、人間関係の不満は、たいがいこの「求めすぎる心」です。
自分に、他人に「求めすぎていないか」を常に気を付ける習慣をつけたいものです。
・・・ワタシは自分に求めすぎていた!と今気づきました。
(2)怒りは、不満・不快を感じている状態です。
求める心が生み出している、あまり根拠のない怒りであることを正しく理解して、心を静めるよう心がけましょう。
「明らかな怒りがある」という怒りっぽい性格の人。
何かを失った「悲しみ」を抱えている人(悲しみも怒りの一種です)。
過去への未練や後悔、挫折感を引きずっている人。
こうした怒りを放っておくのは「もったいない」人生を損している)と考えましょう。
心の状態を見て、怒りがあると感じたら「怒りがある」と理解しましょう。
そうやって怒りを「洗い流して」いけば、心はすっきりと軽くなっていきます。
(3)妄想、これは想像したり、考えたり、思い出したりとしている状況。
人間が1日中絶え間なく繰り広げているナンバーワンの煩悩です。
楽しい妄想だけでなく、仕事や家事に「追われている(あれもこれもやらなきゃ)」や「この先どうなるのだろう?」という不安に駆られること、悲しい過去に落ち込んでしまう。
そうした「ムダな妄想はリセットする」のが一番です。
ただ、実践してみると、これがけっこう難しい。
妄想は無意識にはまってしまうものだからです。
そこで著者がすすめている「本邦初公開」の方法があります。
たとえば今、目を閉じてみます。
目の前に見える暗がりに、何か思い浮かべてみてください。
今朝食べたものや、テレビやネットで見た映像など、なんでも想像してみてください。
次に、目をぱっちり開いて、前を見ます。
部屋の中や外の景色をよく見つめてください。
そして、「ああ、これが見えているという状態(網膜が光を感知している状態)なのだ」と意識します。
このとき、さっきまで脳裏に浮かんでいた映像は、存在しませんね。
「さっき見ていたものは、妄想である」
「今見ているのは、視覚(光)である」
と、はっきり意識してください。
こうして妄想と、それ以外の状態とを見分けられることが大切なのです。
「妄想」対「視覚」、「妄想」対「カラダの感覚」です。
そして、妄想とはまったく別種の「カラダの感覚」に意識を向けます。
呼吸をしているときの「鼻先を空気が出入りする感覚」または、「お腹がふくらんでいる・縮んでいる感覚」を意識します。
こうして「妄想」と「感覚」の違いを意識しながら、「感覚のほうに意識を集中させる」練習を積んでいくと、「妄想から抜ける」ことが上手になってくるのです。
歩きながらでも、電車の中でも、「カラダの感覚を意識する」練習をすること。
悩みはいつも「心の内側」だそうです。
だから、悩みを抜けるには「心の外」にあるカラダの華南核に意識を向けることがベストの方法なのだとか。
これを何か月か続けていくことで、アタマがかなりクリアになるそうです。
ずっと何十年も前のことを後悔することがワタシにはあります。
もう誰も覚えていないはずなのに。
そんな「妄想」を抜けるために、ワタシも実践してみます。
夜はせめてゆっくり休んでくださいね。
では、また。